カテゴリー「参加者インタビュー」の4件の記事

2010/07/24

Milongeros(サニーさん)

 Tokyo Milongaに集う人たちにスポットを当てる「Milongeros」の第4弾は、7月29日にDJを務めてもらうサニーさん(♂)です。


 ミロンガで最近、気になるのはフロア・マナーのこと。「踊っている人同士がぶつかる。曲が流れている時に堂々とフロアを横切る人までいる」。ミロンガという大人の社交場では、自分だけでなく、そこにいる誰もが楽しめるような配慮が必要だ。「例えば、ミロンガでマナーの良い人を表彰するような仕組みがあってもいいのでは」と提案する。


 タンゴを始めたのは2006年9月。「何かダンスを」と思い、「大人の踊りというイメージがあった」タンゴが思い浮かんだ。ネットで調べたところ、初心者に優しそうな雰囲気の教室が見つかった。偶然にも勤め先のすぐ近くで「運命を感じて」週1回程度のペースで習い始める。初レッスンの翌日には、教室が主催するミロンガにも参加した。しかし、「最初の3カ月は本当に辛かった」と噛みしめる。自分のステップだけでもなかなか思うようにいかず、相手をリードするところまで気が回らない。ただ、「途中でやめるのは悔しい」という思いをバネに、「教室の仲間たちと踊りながら飲みながら悩みを共有し、ずいぶんと励みになった」ことで続けることができた。


 始めてから3カ月経った頃、教室の仲間から「ときにはプライベートレッスンも受けた方がいい」とアドバイスを受けた。「自分にはまだ早い」と思いながらも、仲間の言葉に素直に従ってみた。実際に受けてみて「これまでは自分の動きだけで頭が一杯で、踊る相手のことまで意識がいっていなかった」と痛感した。その後もレッスンに通いながら、徐々にミロンガに行く回数も増える。2007年には年末にかけて、レッスンやミロンガを連続で70日間以上続けた。「多い時には1日に3つのミロンガをハシゴした。ひとつの大きな自信になった」と振り返る。


 2008年からは別の教室にも通い始め、サロン・スタイルをさらに深める道を進む。デモを見てその優雅さに心を奪われた。カミナンド(歩き)を重視するスタイルが少し身についてくると「踊る上で気分的にもすごく楽になった」。この年には夏休みを利用し、ブエノスアイレスを1週間訪れた。昼間は街を散策し、夜は毎晩、本場のタンゴに触れた。日本のミロンガでは男性の誘いを断る女性は少ないが、現地では踊りたくない相手とは目を合わせない。その分、「お互いに踊りたい気持ちが重なった時の楽しさ」は格別だった。「日本のタンゴとはまったく違う」経験を積むことで、タンゴに対するイメージは限りなく深く広がった。

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【写真】特にお気に入りのタンゴCDとブエノスアイレスで使ったバスガイド(右下)。


 現在は、週1、2回程度ミロンガに出掛ける。好きなミロンガの条件は「良い音楽が流れ、踊りたい人がいればそれで十分」。たまには豪華なミロンガもいいが、「普段はシンプルなミロンガ」に軸足を置く。相手を誘う時は、二人で一緒に踊りを作って楽しもうとする姿勢を重視する。「技術ではなく、一生懸命に向き合おうとしてくれる人と踊りたい」


 いまは「技術的なことを考えなくても、自然と自由に身体が動く」境地を目指している。この追求に終わりはない。「満足した時点で成長が止まる」。しかし一方では、「いつも自分の不足にばかり目を向けていて本当にいいのか。それよりも、いまこの時の状態で、いまこの瞬間に、目の前の相手に集中することこそが大切ではないのか」。自問自答の日々を送っている。

2010/05/27

Milongeros(Noriさん)

 久し振りの更新となる「Milongeros」の第3回目は、Tokyo MilongaでDJも務めてくれているNoriさん(♀)です。


 タンゴを踊り初めて7年。ことし8月には待望のブエノスアイレスを20日間にわたって訪れる。ミロンゲーロ・スタイルの国際フェスティバルに参加するとともに、現地のミロンガを満喫する予定だ。「各人がばらばらに踊るのではなく、会場が一体になって踊る。そんなミロンガを早く体験してみたい」


 タンゴという踊りを初めて知ったのは18年前に遡る。映画『タンゴ・ガルデルの亡命』のビデオを自宅で観たのが最初。その時の感想は「変な踊り」だった。当時は二人の子供も幼く、しばらくは育児に忙しい日々を送る。約10年後の2003年に子育てが一段落したことから、地元の公民館でやっていたタンゴサークルに週1回のペースで参加するようになる。

 しばらくして好奇心旺盛な性格も手伝い、徐々に色々なタンゴ講師のレッスンを受け始める。「友達を増やしたかったこともあり、有名な先生には一通り習ってみた。様々な教え方があると同時に、やはり基本はカミナンド(歩くこと)だと分かった」。組み方や踊り方、身長、体型など相手によって自らを変化させながらも、常に「安定感のあるカミナンド」を心がけている。自宅でも鏡の前での練習を欠かさない。


 関心はタンゴだけに止まらず、「踊りの軸や回転の基本を知りたくて」バレエも2年ほどやった。バレエやフラメンコ、タップダンスは「一人でできるのが羨ましい」と思う反面、「教室の発表会に必ずしも出なくていい」タンゴの良さも分かった。発表会やデモに対して「そういう楽しみ方もあってもいいが、恥ずかしいから自分は出たくない」と本音を隠さない。ミロンガに行く時は自分なりに目標を定め、課題克服に取り組む。


 タンゴをやっていて良かったと思うのは「主婦だけでは決して知り合えない人たちと友達になれた」こと。一方でタンゴ人口が決して多くない中、タンゴを止めたくなるのも「レッスンやミロンガに来ている人が同じで、輪が広がらない」と感じる時だ。だから「知らない人に会えるとワクワクする」


 ミロンガで踊りたくない男性は動きが大きく、女性を振り回す人。ガンチョ好きにも辟易とする。「危ないし、疲れる。なによりも恥ずかしい」。逆に楽しいのは、踊りを通して相手とコミュニケーションができる人。「おしゃべりと同じ。自分の考えを上手く伝えたり、相槌を打てた時が気持ちいい」。年を重ねてもそれなりに味のある踊りができるのがタンゴの良さ。「これからも末長く続けていきたい」と考えている。

2009/12/15

Milongeros(芋子さん)

第2回目の「Milongeros」は、当団体の副代表を務め、母親も含めたタンゴ三姉妹の末っ子、千代田区在勤の芋子さん(♀)です。

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 「ミロンガで知り合った人と、音楽に合わせてゼロから一緒に踊りを作り上げていく。同じ音楽でも人によって感じ方や表現がまるで違う」。芋子さんにとって、相手の感性を受け止め、二人だけの踊りを創りあげることこそ、タンゴの醍醐味だ。もちろん、「すべてが上手くマッチした気持ちのいい瞬間」がいつも訪れる訳ではない。本当に納得できるのは、ミロンガに行く度に1回あるかどうか。「そんな時は帰り道も、とても気分がいい」と話す。

 タンゴを始めたのは、1999年。地元の公民館で2カ月間のタンゴ講習会があり、申し込んだのがきっかけだった。「タンゴに興味があった訳でなく、もの珍しさから」始めることに。10人ほどの仲間と、8回の講習を淡々と受けた。それほど楽しい訳ではなかったが、「ここで止めたら、タンゴの楽しさを知らないままに終わる。もう少し続けてみよう」と思い留まった。同じ講習を受けたメンバーが中心になり、その後も同好会として週1回のペースで練習は続く。会場こそ3度変わったが、10年経った今も、日曜が同好会の練習日なのは変わらない。

 2006年からは、同好会に加えて、都内のミロンガにも週1回ほどのペースで出掛けるようになった。最初に行った時、都内のミロンガの華やかさに目を奪われた。「自分の実力がよく分かった。同時に、タンゴを踊る人が大勢いて、色々な踊り方がある」ことを知り、刺激を受けた。当時は、ダンス全体に対する関心も高く、ガフィエラやサルサにも取り組んだ。だが、「最終的に限りある時間とお金で何を続けていくかを考えた時、タンゴしか思い浮かばなかった」という。

 芋子さんにとって「居心地の良さ」がミロンガを選ぶポイント。寛いだ気分でミロンガ独特の雰囲気を楽しめれば、たとえ踊っていなくても充実した時間を過ごせる。「日常では出会えない人たちと知り合える」こともタンゴの魅力。踊るだけでなく、「色々な人と会って話を交わす」時間も大切にしている。

 年1回の『タンゴダンス世界選手権アジア大会』は、楽しみにしている恒例行事。今年を含めて3度出場した。「パートナーがいれば、毎年でも出たい」。結果にこだわらず、その場に立つことを重んじるのが、彼女流。「観るだけでなく、とにかく輪の中に加わりたい。年に1度のお祭りだから」

 3歳上の姉とは、最初の講習会からずっと一緒にタンゴに取り組んできた。「最高の話相手。二人でいる時は、いつもタンゴの話ばかり」。容姿と同様、タンゴに対する姿勢は大きく異なる二人。「体育会系でレッスン好き」な姉に対して、「楽しさ最優先」の妹。しかし、「タンゴに対する愛情は同じ」。お互いそれが分かっているからこそ、タンゴ談義にも花が咲く。

2009/12/05

Milongeros(Rさん)

ミロンガに集う人たちにスポットを当てる「Milongeros」。記念すべき初回は、当団体の代表でもある千代田区在住のRさん(♀)をご紹介します。

 2001年にアルゼンチンを1ヶ月ほど旅したRさん。「ヨーロッパ的な雰囲気と親切な人たち」に惹かれ、アルゼンチンという国に好意を抱くようになる。次の転機は、シンガポール在住時の05年。「友人からミロンガに誘われ、すっかりタンゴの音楽のファンに」。ここでショーダンスとは違うタンゴの存在も知る。そして日本に帰国、06年から本格的にタンゴを習い始めた。

 それから3年が過ぎたが、彼女の生活にタンゴは溶け込んでいる。タンゴを始めてから連続で踊らなかった日数は最長でも2週間。現在は、レッスンを週に1回、ミロンガを2-3回のペースで楽しむ。「最高の気分転換。特に上手い人と踊っている時は、日常生活を忘れられる」

 実は彼女、タンゴよりも先にサルサを始めた。今も二足のわらじを器用にこなし、ミロンガを楽しんだ後、サルサにハシゴすることもしばしば。「リズムに乗る」サルサに対して、「音楽の中に入っていくような感覚」がタンゴの魅力と語る。

 これまで行った首都圏以外のミロンガは、国内が大阪、名古屋、沖縄、海外はシンガポール、マレーシア、韓国。特にマレーシアの首都・クアラルンプールで開かれたタンゴフェスティバルが思い出に残っている。フェスティバルには、マレーシアのほか、タイやインドネシア、シンガポール、中国、香港などからもタンゴ好きが集う。「マレーシアのタンゴ人口は決して多くないが、その分、みんなで一緒に盛り上がろうとする」一体感に酔いしれた。仕事の都合がつけば「次回も参加したい」と考えている。

 気分によって行くミロンガを使い分けるRさんにとって、「集まる人や音楽など特色のあるミロンガがいい」という。たとえば、日曜の晩は「あまり人が多くなくて、ゆっくり寛げる」そんなミロンガを求める。

 現状の課題は「ミロンガで踊る時に、どんな人とも楽しみ、楽しませられる」ように上達すること。今は、ミロンガに行くと、楽しく踊れる人が2割、普通の人が7割というRさん。相手にとっても、自分にとっても楽しく踊れる人の割合をどこまで高められるか、がレッスンを受ける原動力だ。「どんなリードにも応えてあげたい」そんな思いを抱き、日々タンゴに取り組んでいる。