ミロンガの主催者は誰だ?(不義理のお詫び)
「(ミロンガに)人が来ないとねぇ。自分の人気がないみたいで落ち込むんだよ」――。古い歴史を誇るミロンガの主催者と話をしていた時、彼がぽつりと呟いた言葉が忘れられない。日本の場合、プロはもちろん、アマチュアであっても、主催者の人脈やカリスマ性が、集客に大きな影響を及ぼす。前述の台詞は、それを端的に示す。ミロンガの名称よりも「誰々さんのミロンガ」として親しまれるミロンガは少なくない。参加者も「誰々さんの主催なら、行ってあげなければ」と思い、主催者と参加者の強い繋がりを軸に、ミロンガが成立する。そこでは、行きたいかどうかよりも、義理と人情という言葉がしっくりくる。
人脈やカリスマ性を持ち合わせない者が、果たしてミロンガを主催することなどできるのだろうか?Tokyo Milongaを始めようとした時、一般的な集客方法は、自分には難しいと感じた。そこで、主催者はなるべく裏方に徹するとともに、ミロンガのコンセプトを前面に掲げ、それに共感してもらえる人たちが集う「コンセプト賛同型」の運営手法が思い浮かんだ。サイトも中性的なイメージを選び、主催者のことには触れないように心がけた。
従来のミロンガ営業は、他のミロンガで出会った人や踊った異性に、開催を伝えるとともに、インフォメーションの時間に参加を呼びかけ、フライヤを配るのが一般的だ。しかし、「コンセプト賛同型」を徹底するためには、これらの営業手法を採らず、代わりにサイトの充実や、インターネットを使った告知に力を入れることにした。不定期に開催するミロンガがフライヤを作る場合、毎月のように作成し直す必要があり、製作の負担や印刷代以上に、それを他のミロンガに配って歩く労力が大きかったはずだ。また、コンセプトの中で、告知やデモの時間は取らないと強調しているのに、自らは他のミロンガで告知することは、一貫性に欠くような気がした。有り難いことに現在までのところ、予想を上回る人たちが参加してくれているとともに、コンセプトの影響か、ミロンガ経験の豊富な人たちが多いように感じる。
ただ、従来手法ではないことによる弊害もない訳ではなかった。あるミロンガ主催者から好意で「告知しますか?」と問われ、お断りしたところ、「うちに来ている客は来なくていいってことね」と怪訝な顔をされた。これまで告知したのは、深く考えずに昨年末に一回きりで、それ以降は他のミロンガでは一切告知することを止めた。相対での営業もなるべくせず、ミロンガを主催していることすら伝えていないタンゴ友達も少なくない。従来の営業手法に慣れた人からすると、「自分は来て欲しくないから案内しない」と誤解していないかが心配だ。友人だから参加するのではなく、主催者が誰だろうと関係無しに、行きたくなるミロンガを目指していきたい。ミロンガに求める価値観は、人によって多様だ。自らが求める価値観にぴったりと合うミロンガに行くことこそが、参加者にとっても、主催者にとっても幸福につながる。
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